Lost All Direction

自分語りが多いです

無題

好き、とはなんなのだろう。

漠然とは理解してはいるが、時折、好きがわからなくなる。

 

私はヘヴィメタルという音楽が特に好きなのだが、はて、その好きは本当にそれが好きなのだろうか?

最近はCDを買う枚数も少なくなりあまりバンドも深く漁らなくなった。(数ヵ月おきに漁りたくなるが)

もちろん「以前は欲求の赴くままに躍起になっていたが落ち着いてゆっくりすることも覚えた」と捉えることもできる。

が、それを好きな自分に酔っている、それを好きな自分が好きなのでは?なんて捻くれた見方もしてしまう。

 

いや、以前の私はそういう見方もしていた。と言うほうが適切か。

え?だから?好きな自分が好き?好きなことには変わりはないのだからそれで良いのでは?

と、最近は1周回ったような捻くれ方になってきた。

好きなんでしょ?素直になりなさいよ、と。

初めからそうしておけばよかったものを、どうにも自意識を拗らせてしまったおかげで遠回りをしたような気がする。

 

人は変われると言う人もいれば、変わらないと言う人もいる。

それはきっとそうなのだろうし、私は両方、変われるし変われないと思っている。

その人の根本はきっと変わらない。

けれど、アウトプットを吐き出しの仕方や場所を少しでも変えれば根本が変わらなくてもその人はきっと変わる。

それが前進か後退かはわからないが。

 

蛇足ではあるが、私は今まで「きちんとした人間になりたい」と思っていた。(こう書くととても雑な書き方だが)

本当に悩んで悩んで、仕事にも支障が出るほど悩んでいたが、ある日ふと「あ、こんなに悩んでいるんだから人間じゃないか」という意識に切り替わった。

ふっと周りの霧が晴れたような気がした。(実際その日は霧が出ていた)

 

と、アウトプットを変えれば、このときの私は確かに前進できたしきっと人は変われるのだろうと思う。

もちろん、意識的に変えなければいけない場合もあれば私のように勝手に切り替わる場合もあるだろうし他者が導いてくれる場合もあるのだろう。きっとほかにも変わるタイミングはあると思う。

 

人は変われる。そして根本は変わらない。

私はこれを信条に生きる。