Lost All Direction

自分語りが多いです

無題

春夏秋冬、と四季があるが特に夏は一段とメランコリック、憂鬱になる季節ではなかろうか。

とはいうものの、周りの人からは理解を得られていないのだが、少なくとも私にとって夏という季節は冬や秋と比べてもより憂鬱になる。

茹だるような暑さで何事も億劫になる、というのとはまた違う。

秋や冬に感じる寂寥感とも違う。

言葉にしにくいのだが、夕暮れ時、逢魔時にひどく憂鬱に物憂げになったりしないだろうか。

まあそんな感じの感覚だ(投げやり)。

あの感覚が、特に夏は酷く夜になってからもずっと続く。

虫の声もあるためかよりセンチメンタルになるからであろうか。

昼間は暑く活動的になる反動からだろうか。

 

とにもかくにも夏は憂鬱なのだ。

 

さて、この8月13日~16日はお盆である。

先祖の霊が還ってくるという慣わしのあれだ。

私は、死者、いや特に近しい鬼籍に入った親族の墓前や位牌の前で一人喋るのが好きだ。

「ただいま」だの「こっちは元気でやってるけどそっちはどう?」だの、とりとめのない独り言だ。

端から見ればおかしい人に見えるだろうが、なぜか対面にもしくは近くに故人がいるような気がしてならない。

返事が答えがないのに一方的に喋っているだけにすぎず、そこに故人の生前の意志すら介入する余地はない。

自分でも分かっている。

これは、誰に対して。故人に対して喋っているのではない、自分に向けて語りかけているのだ。

さも故人と対話しているように見せかけて、彼を自分という鏡を避けるようにスケープゴートとしている。

自分に自信がないから、彼に後押ししてもらいたくて、後押ししてもらった気になって。

「おお、そうか。じゃあ頑張れよ」と、その言葉が欲しくて。

死人に口なしとはよく言ったものだ。実に的を射ている。

敬うべき故人をもすら利用するのだなあ。冷血なことよ。

 

私に出来ることといえば、元気でいるということと線香を焚き鐘を鳴らし一緒にお酒を飲むことぐらいである。

 

ああ、どうか安らかに眠ってくれ。だがせめて、せめて盆に帰ってきた暁には夢枕にでも立って私のことを叱り、殴り飛ばしてはくれまいか。